エストニア製本展レポート

International Exhibition of Artistic Bookbinding “Scripta manent V”
カンファレンスと展覧会オープニングに参加して

中野裕子
2015年2月10日20時20分。成田を出てから約15時間後、ようやく私はエストニア共和国(以下「エストニア」と省略)のタリン空港に到着しました。The Estonian Association of Designer Boookbinders(以下「EADB」と省略)が開催するInternational Exhibition of Artistic Bookbinding “Scripta manent V”のカンファレンスと展覧会オープニングに参加するために来たのです。5年毎に開かれ今回が5回目となるこの展覧会は、私にとって記念すべき国際展への初参加となりました。
展覧会用のテキストは参加希望者全員に共通のものが支給され、各自ルリユールします。アイボリー色の優しい紙に印刷されたそのタイトルは『Names, Words, Witch’s Symbols 4×(4+4)×4=Young Estonian Poetry』、エストニアの若い8人の詩人によって書かれた詩でした。
エントリー以前、恥ずかしながら私は、エストニアについて無知だったため、制作の糸口をつかもうと調べました。
エストニアは、ラトビア、リトアニアと共にバルト三国の一つであり、フィンランドのヘルシンキから飛行機で約30分、高速船でも約1時間半という立地にあること。面積は約45000㎢(北海道の約55%)、人口は約130万人、公用語はエストニア語、EUの加盟国であること。Skypeが誕生した国であり、IT産業が盛んである一方、中世の面影を残した旧市街や自然環境を大切にしている国であることがわかりました。
長時間のフライト、時差、慌ただしかった準備、初めての一人海外旅行の不安もあって、軽い疲労を感じながら出口へ向かうと、二人の女性が笑顔で迎えてくれました。「Welcome to Estonia!」その言葉は私を温かく包み、疲れを溶かすようでした。数回のメールのやり取りで、私の稚拙な英語表現からよほど頼りなげに感じられたのでしょう。EADBのSirje Kriisaさん達が空港からホテルまで車での送迎を申し出てくれたのです。「おもてなし」で有名な日本でも考えらない程の親切さに深く感謝し、翌日に国立図書館で会う約束をして別れました。

11日、待ち合わせをした国立図書館へ。ここは明日開かれるカンファレンスの会場でもあります。たまたまホールでエストニアのベストデザイン本賞の展示をしていたため、早めに到着した私は待ち時間に鑑賞しました。
その後、kriisaさんの案内でKUMU美術館へ向かいました。この美術館ではエストニアの近現代美術を展示しています。常設展では美しく見事な作品ばかりでなく、他国に支配されていた歴史的背景が感じられる作品にも出会えました。企画展ではエストニアの美術工芸学校教育100年展を見ることができました。エストニア工芸品の技術の高さが裏付けられた教育内容に納得して、美術館を後にしました。
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12日、10時から国立図書館でカンファレンスが始まりました。受付で参加者全員115冊の作品が掲載されたカタログと共に、本の形をした小さなブローチを頂き、かわいい心遣いに胸がキュンとなりました。
挨拶の後、ヨーロッパ各国から集まった7人のそうそうたるメンバーによるスピーチが始まりました。「Fine bookbinding today, techniques and materials」、「How to bind the book of nature」など興味深いタイトルばかりでしたが、残念ながら私の語学力ではほとんど理解できませんでした。わずかに聞き取れた単語や数々の映像から、各国の製本状況や精緻な技術がうかがわれました。
全てのスピーチが終わり、私達は展示会場のEstonian Museum of Applied Art and Designへ移動しました。17時より展覧会オープニングが始まりました。落ち着いた空間にディスプレイケースの照明が白く光っており、その中に羽を広げた蝶のように美しい本が並んでいます。参加者全員の作品が一堂に展示された様子は圧巻でした。日本からは7名の参加者がおり、ルリユール界にその存在感を示したのではないでしょうか。
優れた作品には「Premium」称号が与えられ、その中でもさらに素晴らしい3点が「Golden Book Award」に選ばれました。また学生カテゴリーでは1点が「Best Student’s Award」に選ばれました。中身が同じ物とは思えない多彩な姿に感嘆し、個性的な綴じ方やユニークな素材使いに驚愕しました。私は森の中で蝶を追いかける少年のように人混みをかき分けて、ディスプレーからディスプレーへ夢中で本を観察しました。
挨拶や授賞式が一通り終わると、ワインを片手に、自由に展示を見て談笑したり、写真を撮ったり、フランクで和やかな雰囲気を楽しみました。
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どうしてこの小さな国でこのような組織が生まれ、運営を維持できるのだろうと不思議に思っていました。そして、国立図書館では自国のベストデザイン本賞が展示されており、誰でも気軽に立ち寄って鑑賞していました。ここに来て、その答えがわかったような気がします。エストニアはskypeの国、自由で誰とでも繋がる国なのです。かつて歌で自由を訴えた、賢く熱い人々の国なのです。そしてそれはルリユールに関しても同じ事が言えるのでしょう。バラバラの一枚の紙でしかないものを綴じ合わせると立体の本が立ち現れる、という魔法。これは人と人との繋がりにも似ているのではないでしょうか?
ルリユールという共通点で、私はこの展覧会で出会った人達と繋がったのです。本のように目には見えないけれど、温かい何かがそこに生まれました。国や言葉の違いも気にならない程にすんなりと、EADBの精神と情熱は私の心に伝わってきました。彼等の活動を見習い、本という文化を通じて、人と人とを繋げていきたい ─ EADBの皆様に感謝の気持ちと共に、私の思いを届けたいと思います。
(なかのひろこ)
詳細や受賞作品写真は、以下のサイトでご覧いただけます
http://www.scriptamanent.ee/indexE.html

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