『膠を旅するー表現を繋ぐ文化の交流』展を見て

2021年5月から6月にかけて、武蔵野美術大学美術館において『膠を旅する』展が催された。製本では伝統的に膠が背固めなどの接着剤として使われていることもあり、展覧会を紹介したのだが、新型コロナによる緊急事態宣言の中、期間の大部分は学内展示のみで一般には制限のある予約制と訪れにくいものになってしまった。それで展示内容と、展覧会に合わせて出版された書籍『膠を旅する』を紹介しようと思う。
「膠を旅する」監修:内田あぐり、発行:国書刊行会 2021
ISBN: 978-4-336-07184-2  定価:3800円+税

 

会場風景

展覧会のタイトルに「旅する」とあるように、この展覧会の主軸は日本の製革産業を訪ねたドキュメント記録にある。監修者である日本画家の内田あぐり名誉教授が、長く絵具と共に使ってきた三千本膠が10年ほど前に製造を終えたことをきっかけに、膠がどこで、どんなふうに作られてきたのか、歴史的・社会的背景を見つめ直すため、学内での共同研究「日本画の伝統素材『膠』に関する調査研究」が始められ、4年に渡る調査研究の成果発表展としての展示だった。

展示室の入り口には、原皮が積まれた部屋の大きな写真パネルがあり展覧会タイトルが印刷されている。その下に牛骨の頭の部分が置かれていた。室内には乾皮が天井から吊るされたり、床に積み上げて置いてあり、裁断されてない鹿皮や牛皮の大きさがわかる。他にも、余分な脂を取り除いた原皮を置いて脱毛するためのカマボコ台や、乾燥させるために板張りするための木枠、乾皮と水を入れて回すタイコという円柱形の道具なども展示されていた。

展示台の上には、様々な種類の膠があった。三千本膠や現行の三千本膠飛鳥(注2)をはじめ、兎や魚から作られたもの、外国製のものなど。鼈甲色や飴色、黒い墨膠など色味も違い、形状も棒状から粒状まである。また日本画で膠を扱う時に使う道具も展示され、使用法を映像で流していた。
モニターでは、姫路市大崎商店(注2)の伝統的な川漬け製法と膠作りや、太鼓屋嶋村の太鼓作りのドキュメント映像が流れ、どの仕事も大変時間がかかり、力のいる作業で、職人の熟練した感覚が必要なことがわかる。

膠は動物の皮や骨、内臓などを原料とし、水で煮出してできた高蛋白排出液のコラーゲンを濃縮して乾燥させたものである。不純物を含んだまま作られたものを「膠」、取り除いて生成したものを「ゼラチン」という。鞣していない原皮を使う伝統的製法の「和膠」(わこう)と、減圧濃縮など近代的製法および昭和初期からはクロム鞣革の端材を使う「洋膠」(ようこう)に分けられる。日本画制作では、牛革を原料とした三千本膠が長く使われてきた。

膠の数々

内田あぐり氏の、パネルになっていた言葉が展示のテーマを象徴していたと思う。
『膠は接着剤というよりも、動物の体液で書いているという意識が私にはある。「膠を旅する」それは生命を巡る旅でもあった。』
膠は皮革製品の端屑から作るので、皮革産業とともにあった。しかし今回の調査研究は膠製造について調べるだけでなく、人が動物資源とどのように関わってきたかに思いを巡らす旅でもあった。
狩猟時代より、生物資源を食料はもとより、衣服や道具、接着剤として利用し生きてきた。古代絵画も土や鉱物、草木などを膠で溶いて描かれたものが多いという。農耕では役牛として働き、畜産では食肉や牛乳などを供給し、皮革からは武具や道具、靴などが作られ、端材(ニベ)から膠が作られ、膠から墨やマッチが作られる。本書の中で北出昭氏(注3)が言うように「牛は鳴き声以外に捨てるところがない」のである。
展示室の一角に、北方民族で使われてきた衣服や靴、鞣しに使った道具などが置かれている。それは動物資源の利用の源流を探る旅の始まりに、網走で取材したものであった。(注4)

私自身は膠を製本の背固めに使うことはないが、製本や修復で本を解体をする時に、古い膠を取り除くという工程で接している。ルリユールに革は身近な素材だ。古代より革は丈夫で柔軟で入手しやすい素材として表層材に使われたし、中世までは中身も皮紙であった。革の特性を活かした箔押しやモザイクが工芸製本の装飾の基本となっている。 東京製本倶楽部でも、革に関する見学会などを折に触れ実施してきた。(注5)

「膠を旅する」展は、皮革の源流について改めて考える機会となった。また、現在では原皮が余って廃棄されることもあるとの記述もあったので、ささやかであるが革を利用する工芸の一端として、製本に関わっていきたいと思う。
会場で見た映像ドキュメントは、書籍では多くの写真とともに製造工程が説明され、歴史的な成り立ちや現在の状況についても調査取材している。膠についての研究論考もあり、革に興味を持つ方にはおすすめの1冊である。
美術館のHPで、紹介映像を見ることができる。
https://mauml.musabi.ac.jp/museum/events/17269/

(近藤理恵)

注2:2010年に最後まで残っていた三千本膠メーカーの製造終了に伴い、日本画家関出氏の要請によって隣接する国内唯一の牛皮ゼラチンメーカーの旭陽化学工業が代用品となる三千本飛鳥を開発した。材料商であった大崎商店の2代目の大崎哲夫氏は川漬け製法の再現に取り組んでいる。日本画家北田克巳氏ら(膠文化研究会を設立)から三千本膠の製造終了を聞き、皮漬けの皮を使う「古典的膠」の製造体験会に協力している。
注3:北海道立北方民族博物館 網走市 北方民族やアイヌはトナカイやサケなど魚類の生物資源を広く利用してきた。獣皮服やサケ皮から作る膠がある。
注4:ドキュメンタリー映画『ある精肉店の話』(はなぶさあや監督 2013年公開)に登場。飼育から解体まで家族で営む北出精肉店の店主の弟。本書で、映画の後に太鼓作りに携わっていることがわかった。太鼓は本来、役牛の乾皮を使ってきたが今は肉牛に変わっている。太鼓にするには柔らかすぎ、役牛の方が良い太鼓ができたという。
注5:東京皮革技術センター(2004)、「国際製本展 革装本の現在」、姫路の皮革工場見学会(株式会社山陽でクロム鞣しとタンニン鞣しの製造工程と、新敏製革所で伝統的な白鞣し)(2010)、レザーフェア見学(2010)、八木健治氏による羊皮紙作りワークショップ(2011)、宝山大喜氏講演会「革のできるまでと各種革の特性」(2014)など。